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第九十四話 ひとさらい(side:彩寧)

Author: 柳アトム
last update Last Updated: 2025-11-29 16:33:31

私は自分の足元に突然ぽっかりと大きな穴が空き、転落するような浮遊感を覚える。

───充希みつきの赤ちゃんをさらう?

───充希の赤ちゃんを宗司そうじ先輩から引き離す?

───充希の赤ちゃんを巧三こうぞう会長が自ら育てる?

一瞬、私は訳がわからなくなったが、これが「犯罪」であることだけは即座に理解した。

───嫌だ。

───犯罪なんて犯したくない。

───何があろうとこんな計画にだけは加担したくない!

私は強くそう思ったが、そんな私の決意を母・真紗代まさよの高笑いが吹き飛ばした。

「ほほほほほっ! 巧三会長ったら「赤ちゃんをさらう」なんて! 人聞きが悪いですよ。それじゃあ犯罪じゃありませんか。ほら、見てください。彩寧あやねもびっくりして顔を蒼くしていますよ。

彩寧も馬鹿ね。巧三会長が本当に赤ちゃんをさらうわけないでしょ。方便よ、方便。巧三会長は赤ちゃんたちのお爺様にあたるんだから、ちょっとくらい孫と一緒に過ごしたっていいでしょ? 神経質になる必要なんてないのよ」

「わっはっはっは。彩寧さん、驚かせてすまんね。まあ、そういうことだ。宗司には子どもが生まれた時から「赤子たちはワシの手元に置いて育てさせろ」と言っているんだが、強情な奴で首を縦に振らん。まあ、近頃はワシが言うこと全てを否定して、反対し、突っかかってくるがな。まったく鬱陶しいわ。

それはさておき、だから強引にでも一度、子どもたちをワシの手元に置いて育てる所を見せてやろうと思ってね。宗司も充希さんも、ワシの「子育て方針」を見れば、それが自分の子どもたちにとっても最善の選択で、最良の子育て環境で、そして最高の教育であることがわかるじゃろう。なにせワシは宗司を一人前の社長に育て上げた実績があるからな! わっはっはっはっはっは」

「そうですよ。子育てなら巧三会長が一番ですよ、ほほほほほほほっ!」

馬鹿笑いをする二人の姿に私は辟易や呆れの感情はなかった。

───恐怖。

───そこにあるのは純然たる恐怖だった。

ただただ、狂っているとしか思えないこの二人の狂乱に私は戦慄した。

この二人の近くにいては絶対に駄目だ。

今すぐにでもこの場所から逃げ出さなくては。

私はそうした思いに強く駆られた。

私はこの二人が暗い穴の底から私の足を掴み、
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